Frozen Ray

「えーっ!? 今日はダメなんですかぁ!?」
「うん、ごめんね。今日は予約が入ってるんだ」
 学校帰りの学生たちで賑わうはずである、ティーハウス『星屑の降る街』のどまん前で。
 店を守る青年と、女子校生とおぼしき少女の言い合いが繰り広げられていた。


「そんな、せっかくクリスマスプレゼント持ってきたのに……」
 緑や赤など、色とりどりのリボンで大層にラッピングされた大きな箱を抱えたまま、しゅんとしょげる少女。心なしか、二つに分けた金髪の三つ編みも力なく垂れている。
 そんな少女を前にして困ったように微笑む青年は、すらりとした長身の青年だった。
 年の頃なら17、8か。さっぱりと短く刈り込んだ陽に灼けた金髪に、琥珀ともいえる金の瞳。均整の取れたしなやかな身体を、糊のきいた白いシャツと黒のスラックス、長いギャリソンエプロンで包んでいる。
「昨日だって、孤児院のパーティとかでお店休んでたじゃないですか」
「本当にごめん、リーザ。また明日になったら、いつも通りお店開けるから」
 許してくれる?と小さく首を傾げると、彼女はちょっと残念そうに頷いた。
「……はい。じゃあ、これ。エドワードさんと、アルフォンスさんに」
「うん?」
 そっと差し出した少女――リーザの手から、彼は恭しく箱を受け取る。
「これ、どうしたの?」
「お姉ちゃんとあたしで、買って来たんです。喜んでくれたら、って思って」
「ありがとう」
 青年――アルフォンスの優しい笑みに、リーザもにっこりと微笑んだ。
 彼女にとっては、彼の笑顔を見れるのが一番の楽しみなのだから。
 と、店の中から聞こえてきた声に、弾かれるようにアルフォンスが振り返った。
「ごめん、リーザ。兄さんがうるさいから」
「はい、わかりました。それじゃ、いいクリスマスを!」
「リーザもね」
 元気よく手を振って駆け出すリーザの姿を、アルフォンスは優しい笑みで見送った。

「遅いぞ、まったく」
「ごめん、リーザが来てて。彼女、予約のこと知らなかったみたいだったから」
「そっか。んで、彼女なんて?」
「僕たちにクリスマスプレゼントだって。リーザと、お姉さんから」
「へえ。あの子らしいな」
「うん」
 ふふ、とアルフォンスが笑って、店の中に入ってきた。
 いつもの白を基調とした内装は、緑と赤のリボンやリースに、立派なクリスマスツリーが加えられている。
 飾り付けをしていたもう一人の青年――エドワードが、その箱を無造作に開けてみた。
 中から出てきたのは、綺麗な細工を施したシャンパングラスが一対。
 天使と十字架をモチーフにしたそのグラスは、一目見て値の張るものだろうと推測できる。
「うわ、あいつ奮発して」
「今度、お礼言わないとね」
 嬉しそうな声に、そうだな。と言葉を返した。
 着ている服装はアルフォンスと同じ。彼よりも頭半分ほど低いものの、その身体はしっかりと鍛えられている。
 後ろで一つに束ねた金髪が、照明に照らされて眩く見えた。
 そして、アルフォンスより幼く見られがちなのだが、彼の方が一つ年上で、兄なのだ。
「飾りつけ、こんなもんかな」
「うん。いいんじゃない?」
 ぐるりと店内を見まわし、アルフォンスは満足そうに頷いた。
 それを見て、どうだとばかりにふんぞり返るエドワードが笑う。
「んじゃ、後は食事か」
「そうだね。頑張りましょうか」
「おう」
 とん、と拳をつき合わせ、二人で微笑んだ。


「今日は凄いな」
 綺麗なリボンで飾られた招待状を手に、予約客第一号が来た。
「メリークリスマス、ロイ警部」
 二人揃って、客を出迎える。
 先ほどまでの店内の服装とはがらりと変わり、エドワードとアルフォンスの二人は、黒のタキシードに身を包んでいた。
「まだ来るんでしょう?」
「ああ。ハボック刑事とか、ホークアイ刑事とかも来るぞ」
 羽織っていた黒のコートを脱ぎながら言うスーツ姿の黒髪に切れ長の目をした男――ロイ警部に、楽しそうな笑顔でエドワードが肩を叩いた。
「最近、忙しい?」
「いや、これといって犯罪もないし……何より怪盗アルフォンスが予告状を寄越してこないのでな」
 ふと、エドワードとアルフォンスが顔を見合わせて、苦笑いを一つした。
 怪盗アルフォンス。イーストシティで騒がせる謎の怪盗。
 魔法のような力を使い、さまざまな機械を駆使し、鮮やかな体術で敵を倒す。
 神出鬼没で、手がかりがイーストシティ警察に寄越してくる予告状のみ。
 出で立ちも派手で、コバルトブルーのタキシードにシルクハット、同じ色のたっぷりしたマント姿。
 この謎めいた男のおかげで、彼らは毎日苦渋を味わう羽目になっているのだが、最近出没していないというロイの言葉から察するに、今のところは平和であると言っていいのだろう。
 だがしかし。
 そんな風に、いつも警察を煙に巻く怪盗が、まさかイーストシティの住宅街のはずれで、兄弟二人仲良くティーハウスを経営しているとは、誰も思わないだろう。
 そうこうしているうちに、続々と客がやってきた。
「よっ。元気か?」
「どうも、ってゆうか、ここ禁煙なんですけどね……」
「んだよ、男がつべこべと細かいことを言うなって」
 カーキ色のダッフルコートにセーター、ジーンズというラフなスタイルで、咥え煙草のままでやってきたハボック刑事に、思わず苦笑いするアルフォンス。
「こんばんわ、お招きありがとう。エドワードくん、アルフォンスくん」
「うわ、すげえ! これ、早速生けてくるな」
 鮮やかな赤のスーツに同じ色のファー付きのロングコートを着た玲瓏な金髪の女性、ホークアイ刑事が抱えてきた大きな花束を嬉しそうに受け取り、エドワードが満面の笑みで返した。
「ったく、せっかくの娘のプレゼントも台無しじゃねえか」
「その代わり、こちらからもお土産ありますよ。持って帰ってあげたらいかがですか?」
「お、悪いね」
 アルフォンスにお菓子の詰まったクリスマスブーツを手渡され、撫でつけた黒髪に髭面、眼鏡をかけた黒コートとグレーのスーツ姿のヒューズ警部補が、いつもの軽い調子で笑いかけた。
 そして。
「招いてくれて嬉しいぞ! エドワード=エルリックぅぅぅっ!!」
「どわ、やめー!!」
 アームストロング刑事の怪力による突然の抱擁に、花を生けて戻ってきたエドワードが巻き添えを食らった。
 ちなみに、何故かモーニング姿で思いっきり浮いている。
 他にも、制服を脱いでスーツで着飾ったファルマン巡査、フュリー巡査、ブレダ刑事らがぞろぞろとやってきて、それぞれシャンパンだのローストチキンなどを店を守る二人の青年に手渡す。
「……これで、予約客は全員か?」
「いえ、あと一人……あ」
 店内にたむろする人間の間をすり抜け、少女が一人踊り出た。
 クリーム色のコートに爽やかな水色のワンピースに、少しヒールの低いクリーム色のショートブーツ。長い金髪を珍しくウェーブにしているのが、ちょっと背伸びした印象を受ける。
「ごめん、遅れた!」
 すちゃっ、と指先でこめかみを擦って謝る少女に、アルフォンスがエドワードに向かって笑いかけた。
「ウィンリィも来たから、全員揃ったね」
「おう。
 んじゃ、始めようか!」
 ぱん、と手を打つエドワードに、アルフォンスが頷いて。
 来客にそれぞれクラッカーを手渡して行く。
「では……メリークリスマス!」
「メリークリスマス!!」
 アルフォンスの音頭で、高らかにクラッカーの破裂音が響いた。


「じゃ、今日はこの辺で」
「ありがとう、二人とも。いいクリスマスを」
「またなぁ」
 どんちゃん騒ぎの後、ロイ警部やホークアイ刑事など、イーストシティ警察の面々は三々五々に家路についていった。
 二人が用意したコールドターキーやオードブル、ローストチキンにサンドイッチなどの料理は、あらかた食べ尽くされている。
 シャンパンも何本か空になっているし、この日くらいはハメを外したいのだという気持ちが伝わってくるようで、なんだかおかしかった。
「なんか、これからのこと考えると悪い気がするなあ」
 テーブルのさんさんたる状況を見て、苦笑いするアルフォンス。
 その肩を軽く叩いて、エドワードが同じような苦笑を浮かべた。
「でもま、今回ばっかりは仕事じゃないだろ?俺たちは」
「そうよ」
 金髪の少女――ウィンリィが同意する。
「今回の怪盗アルフォンスはサンタになるんだもの」
 アルフォンスは二人の顔を見比べて、やがて肩をすくめた。
「……しょうがないなぁ。じゃ、やりますか」
「それでこそ!」
「いやー、実はさっきイーストシティ警察に予告状出してきてさ」
「……は?」
 思いがけないエドワードの告白に、アルフォンスの目が丸くなる。
「や、もちろん郵便配達人に変装した上でな。消印なしで、あそこのポストに突っ込んでやった」
 どうせだったらちっとばかり派手にいかないとな。
 重ねるように言いきって、朗らかに笑うエドワードを尻目に。
 ウィンリィとアルフォンスは、顔を見合わせて脱力した。
 今日はよく顔を見合わせるなぁ。
 アルフォンスは己の心のうちで、そっと呟いて。
「……じゃ、最後の一仕事といきますか、相棒!」
「頼むぜ、相棒!」
「あたしも忘れないでよね?」
 3人で、にっこりと笑った。
 それこそ、悪戯を仕掛ける子供のような笑顔で。


「……せっかくのパーティの後だというのに、台無しだな」
「何か言ったか?ロイ警部」
「いえ、何も」
 中年の男――ハクロ署長にじろりと視線を浴びて、ロイ警部はしれっとした口調で応えを返す。
 先ほど、彼の携帯電話に召集の電話がかかった。
『怪盗アルフォンスからの予告状だ』
 結局、パーティの余韻を振り切って青い制服に着替え、警察署に詰める羽目になろうとは。
 無意識に、深いため息をつくロイ警部である。
「こんな時にまで犯罪を犯すような奴は、許してはおけん」
 ぐっと拳を握り締め、ハクロ署長が唸るように言った。
「……で、署長。今回の狙いとは?」
「……うむ。今回は、なんとも曖昧なのだ」
 ハクロ署長から手渡された、コバルトブルーの封筒を開ける。
 同じ色の便箋には、古臭いタイプライターの文字。
『今夜11時30分
 イーストシティ大広場にて
 二十万の瞳を頂きに参ります。
 怪盗アルフォンス』
「……また、謎解きみたいな文章ですね」
 首を捻りつつ、何を考えているのか、と思い悩む。
「もしかしたら、大量虐殺か?」
「いや、それはないでしょう。怪盗アルフォンスは人を殺すことがない」
「そうだが……」
 もう一度、二人で仲良く首を捻った。
「お言葉ですが、警部」
「何だね?」
 ひたりと挙手した青い制服――下はタイトスカートだが――姿のホークアイ刑事が、控えめな口調で進言する。
「今日は、イーストシティ大広場でクリスマスカウントダウンがあると」
「そうだが……さすがに怪盗アルフォンスが来るとなると中止せざるを得ないだろう」
「そうだと、よかったのですが」
 ため息混じりに言いながら、ホークアイ刑事は失礼、と断りを入れてテレビのリモコンを付けた。
『ごらん頂けますでしょうか。本日、午後十一時半。怪盗アルフォンスが来るのです!』
 興奮気味のレポーターの目の前を、血気盛んな若者たちが我も我もとピースサインをしている。
 カメラがズームアウトすると、イーストシティ大広場では異様な熱気に包まれているのが一目でわかった。
「……テレビ局に問い合わせたところ、同じ内容のメールがつい2時間ほど前に届いたそうです。
 発信者は不明。ただ、あの予告状と同じ文面だと」
 絶句するハクロ署長とロイ警部を尻目に、淡々と解説するホークアイ刑事。
 しばらくして、ため息をついたのはどちらが先だったのか。
「……警備体勢をレベルSに。頼む」
「……わかりました」
 がっくりと項垂れたまま、二人はどんよりとした言葉を交わした。


 時間は午後十一時。
 アルフォンスはコバルトブルーのタキシード姿で、店裏の駐車場に姿を現した。
 待っていたエドワードは赤いフード付きのコートに黒のジャケット。黒の革パンツにブーツを履いている。
 そして、ウィンリィは生成りの作業服姿だった。
「じゃ、準備できてる?」
「もちろん。今回は凄いわよぉ」
「どんなのだ?」
 自信たっぷりなウィンリィに、エドワードとアルフォンスがじっと被された布を見つめていた。
「じゃーん。ウィンリィちゃん特製……」
「……掃除機じゃん。しかもでっかいだけの」
 ばっ、と布を取り去ったウィンリィに、呆れたようなエドワードのツッコミが一発。
 見てくれは、最新型の――ただし、アルフォンスの身長をゆうに越す大きさの――掃除機である。
 ただフォルムから察するに、どこにでもあるワゴンカーを改造したものらしい、というのが伺える程度で。
「……あんたね……」
 ジト目で睨み付ける彼女をよそに、アルフォンスは顎に手をやって呟いた。
「今回、ウィンリィの秘密メカはいらないよねぇ」
「……をい……」
「だってさ、兄さん」
 ちょちょいと手招きして、エドワードを呼び寄せると、ぼそぼそと耳元に手を当てて囁いた。
「……あ、なーるほど。そりゃいらねぇわ」
「でしょ?」
 ぽん、と手を叩くエドワードに、にっこりと笑顔を返す。
 その横で、ウィンリィは完全に置いてきぼりにされていた。
「んじゃ、あたしは今日はどうしたらいいの」
「お前は留守番」
「……ばっちゃんの手伝いサボる口実を返して……」
 容赦なく言い切ったエドワードの言葉に、彼女はがっくりと項垂れた。



 もうすぐ十一時半か。
 腕時計に目をやって、ロイ警部はため息をついた。
 イーストシティ大広場は、聳え立つ時計台を中心にして文字通りお祭騒ぎの真っ只中にあった。
 神出鬼没の謎の紳士、怪盗アルフォンスが市民の前に現れる。
 この機会を逃すまいと躍起になるテレビ局の中継車やら、お手製のプラカードを掲げて黄色い悲鳴を上げまくる少女たちやら、何故か彼の服装を真似た子供たちやらでごった返していた。
「もうすぐ予告の時間ですね」
「ああ。あいつは今回、何をするつもりでいるのやら」
 警備に問題ありません、と報告にきたホークアイ刑事に頷き、どうしたものかと腕を組む。
「イーストシティ大広場に、彼が盗むようなものはあるのでしょうか?」
「ない。それは断言できる」
 きっぱりと言い放ち、ふとハクロ署長の言葉を思い出した。

『今回のカウントダウンイベントでは、何万もの市民が押し寄せる。奴の狙いは、市民の財産だ』

 ……そんなむちゃくちゃな話があるだろうか。
 頭を抱えたその時。
 時計台の鐘が、十一時半の時刻を鳴らした。


「……あれ、時計台に人がいる」
 誰かが指を差した。
 その声に、いっせいに時計台の方に集中する。
 大きな時計盤の下に据え付けたテラス。
 そこに、一人の人間が立っていた。
『ようこそ。皆さん』
 穏やかな男性の声。
「……な……怪盗アルフォンス!」
 ロイ警部が身を乗り出して叫んだ。
  コバルトブルーのタキシードにシルクハット。踝をかろうじて隠す程度の長さを持った、同じ色の光沢を押さえたマントに、白い上質そうな手袋。
 白いシルクのシャツに、控えめな黒のネクタイ。
 わずかに覗く金髪の奥に輝く、青い瞳。
 その瞳を隠すように掛けられた、細やかな銀細工のモノクル。
 テラスで優雅に立つその人こそ、怪盗アルフォンスだった。

「怪盗アルフォンス!?」
「マジかよ!!」
「きゃーっ! 怪盗アルフォンスさまーっ!!」
 人々の声がごちゃ混ぜになって、どよめきの波が巻き起こった。
 そんな中、彼は眉一つ動かさず、紳士の笑みを崩さないままに。
『皆さん、本日はこのカウントダウンイベントに、ようこそおいで下さいました。
 どうか、僕からのささやかな贈り物をお受け取り下さい』
 低いけれど張りのある声で、そんなことを言った。
 
 ……贈り物?
 何を?
 人々が頭上にハテナマークを浮かび上がらせる中、怪盗アルフォンスは、手袋をはめた手を合わせた。
 それが、すべての魔法の始まり。
『3……2……1……GO!!』
 声と同時に、重ねた両手を空にかざす。
 その瞬間、奇跡が起こった。

「……あれ、なんか寒くなってないか」
 ハボック刑事が、己の身体を抱きしめた。
 彼の言う通り、確かにここいら一帯の気温が急激に下がっている。
「……何故……!??」
 白い息に不審を感じながら顔を上げたロイ警部が、言葉を失った。

 
 きらきらと。
 人々の目前に、光の粒が瞬いて見える。
 星ではない。このビルの明かりに照らされた街で、よほど輝きが強くないと星は拝めない。
「……ダイヤモンドダスト……」
 それは、寒い地方で見られる神秘の現象。
 早朝の気温が極端に低いと、空気中の水分が凍って光の粒となる、自然界が与えた奇跡。
 それを人の手で、しかもたった一人の青年が成し遂げた、奇跡。
「……これは、今回は完敗だな……」
 苦笑いを浮かべるロイ警部。
 その横で、柔和な微笑を浮かべるホークアイ刑事。
 手をかざし、子供のような笑顔で見つめるハボック刑事。
 苦笑いを浮かべながら、それでも子供の為にとカメラ付き携帯電話を構えるハクロ署長。

 神出鬼没の怪盗が起こした奇跡。
 それは間違いなく、大広場の人々を虜にしていた。

『どうか、この夜が皆さんにとって素晴らしい夜でありますように。
 それでは、ごきげんよう』
 丁寧に芝居がかった辞儀を一つ。
 ばさりとマントを翻した後には。
 忽然と、怪盗アルフォンスの姿が消えていた。

 しばらくして、光の粒の幻想が消えると。
「……奇跡ですね」
「そうだな」
 未だに余韻に浸る人々の声にまぎれて、ホークアイ刑事とロイ警部は小さく囁き合った。
「我々は、勘違いしていたようだ。ホークアイ刑事」
「何故ですか?」
「見たまえ」
 苦笑いするロイ警部に、ホークアイ刑事は辺りを見まわした。
 幸せそうに寄り添う恋人たち。
 楽しそうに笑う仲間たち。
 大喜びではしゃぎまわる子供たち。
「彼は盗みに来たのではない。贈り物を届けに来たのだ」
「贈り物を、ですか」
「そうだ。人々を幸せにする、贈り物をな」
 いつになく柔らかい笑みを浮かべるロイ警部を見て、ホークアイ刑事はにこやかに頷いた。


「お疲れ。アル」
「兄さんこそ。フォローしてくれてありがと。助かった」
「まあ、あれだけ広範囲で、空気中の水分を凍らせるのは難しいしな」
 時計台から離れて、駐車場に止めておいたウィンリィ特製のワゴンカーの中で。
 怪盗アルフォンスことアルフォンス=エルリックとその兄、エドワードが拳を付き合わせた。
 種明かしはこうである。
 アルフォンスの背後にエドワードが立ち、二人で息を合わせて錬金術を行ったのだ。
 錬金術は、今では魔法と勘違いされることもあるが、れっきとした科学技術。
 ふたりは、その科学に精通した錬金術師である。
 イーストシティ大広場一帯の気温を急激に下げ、空気中の水分を凍らせてダイヤモンドダスト現象を人工的に作る。
 一人だけなら至難の技だが、二人で分担してしまえば難易度は下がる。
 それが、今回の計画だった。
「ま、もういっこ計画は残ってるけどね」
「……ああ、昨日行った孤児院か?」
「うん。付き合ってくれる?」
 真っ直ぐなアルの、蒼のカラーコンタクトを外した瞳に。
 エドワードは微笑んで頷いた。
「わかってるって。付き合うよ」
 ウインクを一つして、アルフォンスの肩を叩いた。
「兄さん」
「怪盗アルフォンスは、今夜はサンタになるんだろう?」
 エドワードが運転する車は、一路孤児院へと向けられた。

 そして。
「んー、この樹がいいんじゃね?」
「そうだね。大きさもちょうどいいし」
「んじゃ」
 言いながら、エドワードとアルフォンスはバラバラと何かを樹の周りにばら撒いていく。
 それは以前、怪盗での仕事で偶然手に入れたガラス玉だった。
 何かと贋作を掴まされることもあるので、どうせだからと取っておいたのだ。
「さ、やるか」
「うん」
 二人でそれぞれ手を合わせ、両手を樹の幹につける。
 直後、鮮やかな青白い光が周囲を灼いた。

「ところでさ、僕たちのクリスマスパーティどうしよう?」
「そうだなあ」
 帰り道。
 ごそごそとポケットの中を漁り、エドワードはアルフォンスの手に何かを乗せた。
「何これ」
「クリスマスプレゼント」
「帰ったら、開けていい?」
「おう」
 見上げると、星にまぎれてちらりと降りて来た、白いもの。
「……雪だ。兄さん」
「マジで?俺らが作った奴じゃなくて?」
 エドワードがそっと手のひらで受けたその白いものは、確かに美しい自然界ならではの六角形の結晶だった。
「うん、ホワイトクリスマスだね」
 二人、密やかに笑って。
 車に乗り込むと、それは鮮やかに走り去っていった。



 誰もが幸せな気分で迎えた朝。
 孤児院の扉を開けた中年の女性が、あっと声を上げた。
「し、シスター!! 大変です!!」
 ばたばたと駆けて行く女性。
 彼女が驚いたのには、訳がある。
 財政が苦しく、大人になって働き始めた孤児たちの仕送りでどうにか繋いでいる孤児院。
 そんな所に、クリスマスツリーなど飾れるわけがない。
 だが、確かに。
 庭先のちょっと大きなもみの樹が、色鮮やかなオーナメントで飾られていた。
 
『さて、次のニュースです。
 昨日未明、噂の怪盗アルフォンスが現れ、奇跡を起こしました』
 付けっぱなしのテレビでは、女性アナウンサーが書面の文章を読み上げていた。
『怪盗アルフォンスは寒い地方で起こる神秘的な現象、ダイヤモンドダストを作り、十万人の観衆に贈り物を捧げました』
 フローリングの床、敷かれた毛足の長い絨毯。
『また怪盗アルフォンスは、孤児院にも奇跡を起こしました。今朝未明、郵便物を取りに来たボランティアの女性が、もみの樹が立派なクリスマスツリーになっていると……』
 小さなテーブル。その上には、開けられた小さな紙の箱が、二つ。
『警察が押収したカードには、怪盗アルフォンスからのメッセージがあり……』
 少し広いベッドの上、寄り添うように眠る二人。
 エドワードと、アルフォンスのその首筋には、細い銀の鎖のペンダントが煌いていた。

『すべての子供たちに、幸せと未来を。
 そして、笑顔が共にあることを願います。

 怪盗アルフォンス』

Information :
怪盗アルフォンス期間限定ネタ。
作中のダイヤモンドダストの話はかなりうろ覚えの部分があるので、
ツッコミはなるべくご遠慮ください。
鋼のパラレルでは、これが一番書きやすい分類に入るようです。
なお、サイト掲載当時はほんのりアルエド風味だったのに、
今ではすっかり兄弟コンビ。

今書き出したら、もっと変わってるんだろうなあ。