恋愛と本音の微妙な事情


「あっ、ふあ……っ!」
 強制的に解放させられた身体は、やがてベッドの上にくたりと沈んだ。隼人は何度も肩で荒い呼吸を繰り返して、独特の余韻を味わう。
 ふと、一度離れた筈の体温が再び擦り寄るように近付いて、なんだろうと首をかしげる。殆ど同じタイミングで自分の中に熱いものを迸らせた藤崎が、首筋や胸元に優しい口付けを繰り返していた。
「……何?」
 未だにぼんやりとした頭のままで問う。彼の背中に両手を巻き付けながら。
 対して、藤崎は耳元に唇を寄せ、熱っぽい声音で優しく囁いてきた。
「――もう一度、したい」
 彼のセリフは短く、簡潔なものではあるのだが、内容は隼人にとって余り有り難くないものだった。藤崎はよくても、受け入れる側の自分は結構だるいし、身体の疲労もそろそろピークに達してきた。正直、眠ってしまいたい、とも思う。
「……まだ、足りない?」
「まだ、全然足りない。満足もしていない」
 だからもう一度付き合え、ということなのだろうが、それにしてもこの豹変ぶりはどうなのか。だが、隼人はその台詞をすんでのところで飲み込んだ。
 以前実際に口に出して言ってみたところ、真顔で『君は人のことを言えないと思うが』などと反論されてしまったのだ。隼人本人としては、いつもと変わらない、と思うのだが。
 そうこうしているうちに、自分を組み敷いている藤崎がゆっくりと動き始めた。反応して、無意識のうちに身体をくねらせて小さく声を上げる。男に抱かれて快楽を得ることを覚えた身体に、隼人はやれやれと諦めた。
「……ん、判ったから……。もっかいだけ、な?」
 甘い声で短く言うと、彼は隼人を強く抱き締め、頬や額に軽い口付けを繰り返す。お互いの視線が絡み合い、やがて貪るように唇を重ねた。


「……なあ、今、何時」
「もうすぐ七時……か」
 次に隼人が目を覚ましたのは、藤崎の腕の中だった。ミラーシェイドを外した切れ長の瞳が、微かな優しさを滲ませてこちらを見つめている。
 撫で付けていたはずの前髪が落ちて、いつもよりもいくらか若く見えた。
 優しい手つきで髪を撫でている、ゆったりした感触が心地いい。ただし、隼人の胸中は些か複雑なものではあるのだが。
 最後までの記憶が抜け落ちている、ということは、つまり。
「ひょっとすると、また気絶してましたか俺は」
「その通りだ」
「……はー」
 罰が悪そうに片手で顔を隠す。いつも通りの藤崎の反応が、またいたたまれなくて恥ずかしい。さらに追い討ちをかけるように、ほんの少しの優しさを混ぜた声で囁いてくる。
「可愛かったぞ、今夜も」
「男に可愛いって言われても嬉しくねぇよ」
 口では憎まれ口を叩いてはみるが、本心の方ではまんざらでもない。いつも通り凄く気持ち良かったし、気分もずいぶんとすっきりしている。そういや、身体の方もさっぱりしているのは、きっと彼が後始末をしてくれたのだろう。
 ただ、やはり。
 恥ずかしい。そんな気分があったりする。
 無論これは隼人自身の感情であって、自分だけの問題なのだろうが、何か理不尽なものもあるわけで。
 つまり、これは。
「あー、ちくしょう。それもこれも、あんたが上手いのが悪い」
「……私が悪いのか?」
 勝手に責任を押し付けられて、訝しげな声を上げた藤崎がまともに見返せない。僅かに赤くなった顔を隠すように、隼人はその胸にしがみついた。


 こんな時、隼人は改めて思う。それでも、藤崎が好きなんだと。
 きっかけこそ最悪の出会いだった。でも、いつしか気になる人物になっていって。
 そうして、温めていったこの気持ちは、嘘ではない。互いに遠回りしながら、距離を縮めて。
 男が男に恋をすることに、後悔していないと言えば嘘になる。ただ、この想いに嘘はつきたくないだけだ。
 きっと、藤崎も同じ思いを抱えていたのだろう。二人して自分の気持ちに素直になれないから、未だに本音を吐けない。
 ただ、今この胸の中で主張しているのは、藤崎のことが好きなんだという事実だけだ。


「難儀だよな」
「何がだ?」
 ぽつんと呟いた言葉に、藤崎が反応して尋ねてきた。隼人はにやりと笑みを浮かべ、悪戯っぽく声を続ける。
「ヤることしか頭にない大人に付き合うのも、大変だって思ってんだよ」
「……では、何故私に抱かれる?」
「え」
 突然尋ねてきた藤崎に、思わず妙な声を上げた。
「そうだろう。君ほどの能力を持っているなら、私を振り払うなど容易いはずだ。だが、それをしないのは?」
「う……。それは……」
 もごもごと口籠る。正直、そんなことを問われるとは思っていなかった。
 しばらく逡巡の後、隼人はちらりと藤崎を見上げる。
「だったら、なんで俺を抱くんだよ。あんたなら、女の人が寄ってくるだろ?」
 迷った結果、同じ問いを藤崎にぶつけてみた。対して彼は、何事もないかのように至極あっさりした答えを返してくる。

「君が、好きだからだ」

 瞬間、顔がまともに熱くなった気がした。
「君を、好いているから。もっと具体的に言うなら、愛しているから。君に触れて、愛して、側にいたいと思っているから。……他に聞きたいことは?」
 真摯な顔つきで、声音で言われて。
 何も言えずに、隼人は俯いて黙り込んだ。
 案外、人の感情というものは、複雑に出来ているのかもしれない。隼人としては冗談のつもりで軽口を叩いたのだが、これほど真剣に答えられると、どうしたらいいのか判らなくなる。
 ただ、彼の気持ちは、自分の中に柔らかく融けていくのが判った。
「……ん」
 小さく頷いて、隼人は藤崎に抱き付いて、ゆっくりと顔を上げる。
 この気持ちが、真直ぐに彼に伝わるように。はぐらかさずに、誤魔化さずに。
「……一回しか、言わないからな!」
「……」
「……えと」
 改めて言うのは恥ずかしい。それでも、隼人は真直ぐに彼を見た。
「俺も、あんたが……好き、だから」
 沈黙はほんの少し。
 言ってしまった台詞がどうしようもなく恥ずかしくて、隼人はまた俯いて黙り込んだ。


 しばらく黙り込んでいた藤崎が、不意に動いた。擦り寄る隼人を強く抱き締めて、瞼や額に軽い口付けを始めたのだ。
「……わ、なんだよ」
 くすぐったくて、思わず妙な声を上げる。
「初めて、君からそんな言葉を聞いた」
「悪いかよ?」
 言いかけて、隼人が彼を見上げる。そこにあったのは、穏やかな笑みを浮かべている藤崎の顔だった。
 しばらく物珍しそうに彼の表情を眺めて、それから自分も素直に笑った。
「……あんたの笑う顔って、初めて見た」
「失礼だな。私も笑う時くらいはある」
「ん、悪い」
 おかしくて、喉を鳴らして笑う隼人に気を悪くしたのか、藤崎がほんの僅かに眉を寄せた。その大人気ない態度がまたおかしくて、笑いがまた漏れた。
 しばらくベッドの上でそうやってじゃれているうちに、抱き締めていた藤崎の手が動いた。ゆるりと背中を撫でるその動きは、どことなく不埒なものを感じさせる。
「……ん……」
 小さく身じろいで、隼人は藤崎の顔を覗き込む。困ったような、笑っているような複雑な表情でこちらを見つめているのだが、元々表情の起伏が乏しいためか、何を考えているのか判らないのが怖いところだ。
「そろそろ朝食を、と思っていたが、気が変わった」
「あ?」
「また君を抱きたくなった。観念してもう暫く付き合って貰う」
「んなっ!?」
 藤崎のとんでもない宣言に、隼人の目が丸くなった。ついで、顔もどかんと赤くなる。
「なななな、何朝っぱらから盛ってんだあんたは!」
「何を言う。君こそ、まんざらでもないだろう?」
 言いながら、藤崎の手が背中の中心をゆっくりと辿り、やがてさらに奥へと進んでいった。
「……ほら」
 どこか熱っぽい声音が、耳元に届いた。行き着いた先で指がくっと折れ曲がり、未だに柔らかさを保ったままのそこをほぐすように撫でる。
「こちらは、まだ満足出来ていないようだ」
「あ。……こら」
 ゆっくりと自分の体内に入り込んできた指先の感触に、隼人の身体が無意識に反応した。小さく震えて、唇が吐息に混じって甘い声を吐き出す。
「……付き合って、くれるな?」
 どことなく楽しそうな声に、結局白旗を上げざるを得ない。
 ――俺も、結局こいつに弱いんだな。
 心の中でひっそり苦笑すると、隼人は確かな欲情を伴って触れてくる藤崎の温かい掌の感触に全てを委ねることにした。

Information :
 携帯でぽちぽちとのんびり進めていた藤崎隼人。
 携帯だと出先でも書けるからいいなあ。時々背後に気を使うけど(苦笑
 そんな感じで、私の中の二人のイメージは何故かバカップル。